三菱F -1 国産対艦誘導弾とのコンビは最強だった..傑作機?駄作機?Mitsubishi F-1 Fighter Jets

Published 2021-04-09

All Comments (21)
  • 当時三沢に居ましてASM1の発射実験の映像を整備隊の隊長室で見せられました。誓約書こそ書かされなかったものの、絶対言外を言い渡す隊長の言葉にはただならぬ迫力がありました。 申し訳ないのですが、私の詳しい所属部署は言えません。 映像の詳細としてはチェイサー(恐らくはT2)の後部座席から撮影されたと思われるASM1の映像でした。パイロットはノーベンバーと一定間隔で発言していたので、恐らくはミサイルが 正常に飛行しているとの暗号だと思います。飛行高度は信じられないくらい低く、文字通り海面を這うようでした。標的艦の数キロ手前で恐らくは60~70度ほどの角度で急上昇し、 加速しながら命中していました。あれでは母機が発射に成功さえすれば、今の時代でも、ます狙われた軍艦は助からないだろうと思います。
  • @sin467
    JAXAとかもそうですが、本当に微々たる予算で大きな成果を上げれる日本人の凄さを感じます。自衛隊の皆様の献身に心より感謝いたします。
  • @tekidanhei
    カタログ値もイマイチで高機動戦闘には向かなかったが「戦闘機の役割は武器を戦場まで運んで投射することである」という本分を忠実に果たした名機。特に80年の時点で強力なASM-1を運用できただけでも本機の価値は高かった。
  • @Nis-vl6xg
    部隊長だった服部さんという方が書いた本の中で「米軍から訓練にならない。この次から6機でやってくれ」と言われて「それは流石に…」と断った。と書いてあった記憶がありますが、その後に2:6になってしまったのですかね 隊の中では不評で部下から「この機体では国を守れない」と突き上げがあったそうです。 服部さんは必死になって「次には君達の満足いく機体が開発されるからここは我慢してくれ。ここで我慢することは次に繋がるんだ」と説得したそうです。 ASM-1については加藤寛一郎の本の中で「アメリカに三発持ち込んでテストしたが、三発目には米軍が必死の妨害を試みた。『まさかこれは外すだろう』と思って強力な妨害電波を掛けたが、命中させてしまい、アメリカ側を驚かせた」と書いてましたね。
  • @nora5590
    兵器は目立った”活躍”をすることなく、静かに退役することが、無上の幸運だと心得ます…。 ”伝家の宝刀、抜かぬが華”
  • @user-kr8vd4mv5x
    冷戦最盛期の80年代前半に「超音速攻撃機&空対艦ミサイル×2」を配備できたという事実は、もっと評価されてもいいのではと思う。
  • @sonnen3428
    F1思い出が有ります 高校生の頃、婆ちゃんの家に 里帰りした時、低空で2機編隊 のF1が飛んできて、物凄い 轟音をたてて急上昇したのを 見ました 細い機体に迷彩色、カッコ 良かったです😉
  • @user-ez9rj7of5b
    練習機のT-2で訓練中、友人が離陸直後にエンジンフレームアウトして、必死に市街地を避け、無くなりました。 その1年前、偶然であった時、「エンジンがなあ」と語っていたのを覚えています。 ブルーインパルスが浜松で落ちたのも有り、余り良い印象が持てない機体です。
  • @user-bd1vy7qh6w
    1番好きな戦闘機がF-1なのでありがたいです! やっぱかっこいいな〜
  • @kansai8507
    ガンの弾数の事ですが、基地祭で整備の方から聞いた話だと 「パイロットからは“こんなに弾は要らない”と言われる。いつも“多い、多い、余分だ”と言われる」 との事でした。空中戦では引き金を引く瞬間が(我々の想像する以上に)本当にチョッとしかないんでしょうね。
  • @denjiko1372
    戦闘機と考えると駄作だけど、対艦攻撃機・対地攻撃機と考えれば佳作機だと思う。
  • @inosan-j5318
    昔々の事ですが海上自衛隊で 護衛艦に乗っていた時期があり まして津軽海峡を通っている最中 にF-1の編隊(3機位?)が何度か ローパスしてきた事がありました‼️ アカン国なら「威嚇飛行だ‼️」と 騒ぐくらいの高度だったと記憶 してます‼️
  • @user-og5bm3wz6q
    空自でF86が支援戦闘機の頃の対艦攻撃は反跳爆撃くらいしか無かったんだよね…。ASM-1はXAAM-2の経験からコスト管理とモジュール構造のおかげでファミリー展開ができたよね。
  • @user-xd5mp8jy3s
    「安西マリアよりやすしきよし」www 「むしり取った衣笠」ばりの名言ありがとうございます😆。
  • ASMキャリアーとしてなら、A-6、シュペルエタンダール辺りに比して高速な点等は評価出来るし、四方を海に囲まれる日本ならではの運用に特化した機体だったとも。 流石に本格的空対空能力の獲得はF-2迄の宿題にはなったがちゃんとこなす事は出来たとも。
  • @user-jq8lm8ni8u
    昔、三沢で武装関係の整備していました。 やはり、というかよく誤解されるのが機関砲の搭載量。 運用最大400発まででそれ以上は搭載しません。
  • @user-bt6yf4ux9q
    確かにF1の関連動画少ないですね!分かりやすく解説頂きありがとうございます😭!
  • @user-bn6mq7gz5q
    1999年12月24日に三沢でスクランブル発進したときのABがとても美しく。3分かからずテイクオフしたのは今でも覚えています。